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感覚統合Update  第12回:感覚統合療法 – 臨床でできる感覚統合療法の効果研究 –

感覚統合

感覚統合Update  第12回:感覚統合療法 – 臨床でできる感覚統合療法の効果研究 –

関西医科大学リハビリテーション学部 作業療法学科
加藤 寿宏

2023-08-01

このシリーズもいよいよ最終回となりました。最終回は第8回で紹介したお子さんの感覚統合療法を考える予定でしたが、感覚統合療法の効果判定を一人一人のお子さんに対し行っていただきたいという思いで、「臨床でできる感覚統合療法の効果研究」の話をします。最終回は、新しい話というよりも、本シリーズのまとめという位置づけで読んでいただければと思います。

誰もができる症例報告

本シリーズ「第10回:感覚統合療法 – 感覚統合療法の効果判定 –」で感覚統合療法の効果はどのように検証するのか、感覚統合療法の効果検証はなぜ難しいのかについて書かせていただきました。治療効果の検証は、綿密な対照研究がされていることが重要ですが、感覚統合療法は、綿密な対照研究がなされていないこと。その理由として、対象となる子どもの個別性が高いこと、治療が感覚統合療法であるという証明が難しいこと、などが原因となっていることを述べました。
 
治療効果の検証方法には様々な方法があり、エビデンス(科学的根拠)レベルにより6段階に分けられています。綿密な対照研究は、お子さんをくじ引きや乱数表など、ランダム化と呼ばれる手法により、感覚統合療法とそれ以外の治療法(もしくは治療なし)の2つに分けて行う研究のことです。グループ分けに研究者の主観が入り込まないため、得られた結果は信頼性が高いとされています。ランダム化比較試験とも呼ばれており、エビデンスレベルは上から2番目のレベル2となります。一番下のレベル6は、データに基づかない、専門委員会や専門家個人の意見です。これは、加藤が「何のデータも示さずに、感覚統合療法は効果があるよ」と言っているというレベルです。

レベル5は症例報告やケースシリーズです。症例報告は対象児一人の治療経過や結果を報告したもので、記述研究の一つです。あまり見られない症状や経過などを示した症例などが報告の対象となりますが、感覚統合療法は症例報告の論文も少ないため、感覚統合療法の対象児全員が発表に値する症例だと思います。ケースシリーズは症例集積研究ともいいます。何名かのお子さんの感覚統合療法の治療経過や結果を分析し、そのデータをまとめて報告したものです。

エビデンスレベルの高い研究は治療をしない(もしくは別の治療)グループを作らなければいけないことや、対象児の年齢や性別、障害の程度などの条件をコントロールしなければならないため、臨床現場で実践することは非常に困難です。このような研究は、私たち大学に勤務する研究者の仕事になります。しかし、症例報告やケースシリーズは臨床で勤務している人であれば誰もができる効果研究です。

「第10回:感覚統合療法 – 感覚統合療法の効果判定 –」で「感覚統合療法が治療である以上は、治療前後の評価を行い、自身が行った感覚統合療法に効果があったのかどうかを客観的に示していく必要があります。研究でなくとも、自身が担当している一人一人の子どもに効果判定を行っているかどうかは、行っている治療が感覚統合療法であるかどうかを判断する大きな要因だと考えています。」と書かせていただきました。

人を対象とした治療で、治療に対し報酬をもらっている以上、効果の判定は必ず行わなければならないプロセスです。このプロセスを省けば、治療としての報酬はもらえないはずです。また、対象児に行った評価、治療、治療内容を記録に残すことも求められているはずです。感覚統合の評価から治療にいたるまでの記録があり、効果の判定をしていれば、感覚統合療法を実践している人であれば誰でもが、症例報告による研究ができるはずなのです。

症例報告を行うには

私たちは以前、12名の自閉スペクトラム症児を対象とした、対照群のない前後比較研究(エビデンスレベル4)により感覚統合療法の効果研究を行いました(科学研究費補助金 基盤研究(B)24330264により実施 第50回日本作業療法学会(2016)で発表)。また、この研究の対象児2名の症例報告を論文として発表しています。この研究方法は、日々の臨床でも使用できますので紹介させていただきます。図1に研究の流れを示しました。

 図1 前後比較研究で実施した研究方法

1.どのような症例なのかを明確にする

対象児のリクルート、対象児の確認は研究に必要なプロセスです。この研究では、5~8歳の知的能力障害がない自閉スペクトラム症の子どもを対象としています。これは疾患や年齢、知的能力の違いにより治療効果に差が生じる可能性があるために、研究では統一しておく必要があります。これらを確認するために、自閉スペクトラム症の診断の補助となる検査(PARS-TR、SRS-2)、生育歴の確認、知能検査(WISC-Ⅳ)を実施しています。

臨床では、治療者が対象児を選択することはありませんので、ここまで多くの評価を使用することはありません。しかし、症例研究では対象児がどのような子どもなのかは、明確にしておく必要があります。最低限必要となるものは、年齢、診断名、生育歴(現在も含む)、知能検査(難しい子どもの場合は発達検査)の結果です。これらは、臨床でも通常取得している内容かと思います。

2.初回評価 仮説検証作業

次のプロセスは初回評価です。私たちの研究では感覚統合の評価(JPAN感覚処理・行為機能検査、日本版感覚プロファイル、SPM(SPM-P))、家庭・学校(保育所)での行動の評価(CBCL、TRF)、子どもの生活場面を保護者から聴取する面接など、たくさんの初回評価を実施しました。研究では、感覚統合療法がどのような機能や能力の発達に効果があるのかを明確にするため、評価の数を多く設定しています(探索的な研究)。

しかし、臨床での評価は、無駄な評価は行わず、子どもの感覚統合機能と生活の困難さとの関連を理解するために必要な評価を厳選しなければなりません。文章で書くと簡単なのですが、これは意外と難しいことです。
治療者は、ご家族や子どもから主訴(生活の困難さ)を聞き、その背景となっている感覚統合機能について仮説を立て、それを
検証していくための評価方法を考えます。例えば、主訴である「手先が不器用である」ことの背景として行為機能障害があると仮説を立て、その仮説を検証するために、以下の手順を踏んでいきます。

①:「手先が不器用である」ことについて、もっとも気になる生活場面でのエピソードを、具体的に詳しく(いつ、どこで、誰と、何をしているときに、どのようになるのか)聞きます。例えば、ご飯をお箸で食べているときにこぼしてしまう、で終わるのではなく、どのプロセス(はさむとき、口にいれるとき)、こぼしやすい食べ物、箸の持ち方・操作の仕方など、生活の困難さの原因が行為機能障害である可能性が高いのかを確認します。ここで、具体的に詳しく聴取できれば、次のプロセスの目標設定が容易となります。

②:ご家族から生育歴や家庭や学校での行為機能障害と関連するエピソードを聴取します(例:はじめての遊びや活動を苦手としているか?)。また、体性感覚、身体図式など行為機能障害の背景となっている機能についても確認します。行為機能障害と関連するエピソードが多いほど、主訴の「手先の不器用さ」が行為機能障害を原因としている可能性が高くなります。

③:①②で主訴の原因が行為機能障害である可能性が高い場合は、そのことを確認する目的で、行為機能検査を含む検査、例えばJPAN感覚処理・行為機能検査や感覚統合の臨床観察などを実施します。

④:③の結果、行為機能障害が確認できれば、行為機能に焦点をあてた感覚統合療法を実践していくことになりますが、実際には、それほど単純ではありません。例えば、検査結果や検査中の観察から注意や目と手の協応、構成障害など行為機能障害以外の困難さが、主訴と関連している可能性が考えられることも多くあります。その場合は、また①のプロセスから行っていくことになります。

3.臨床像のまとめ(統合と解釈)

実施した感覚統合の評価結果と生活の困難さとの関連をまとめ明らかにすることが、このプロセスとなります。リハビリテーションではICFを使用することが多いと思いますが、感覚統合においては、個人的には感覚統合の発達過程(第10回:感覚統合療法 – 感覚統合療法の効果判定 -図1参照)に沿って臨床像をまとめていくことをおすすめします。

4.治療目標の設定

評価の目的は、一人一人の子どもに応じた個別的かつ具体的な治療目標と治療プログラムを立案することです。治療目標の設定については、「第10回:感覚統合療法 – 感覚統合療法の効果判定 –」の記事でGoal Attainment Scaling(GAS)を用いることを推奨しました。私たちの研究でもGASを用いて治療目標の設定と、治療効果の判定を行っています。

治療目標は SMART goal で設定することが重要です。Specific(具体的)、Measurable(測定可能)、Achievable(達成可能)、Realistic / Relevant(現実的 / 妥当)、Timed(目標達成までの時間)の5つの条件が目標に含まれていなければなりません。GASはこれらの要素を含んで目標設定しなければならないため、GASでの目標設定はSMART goal の条件を満たすことになります。表1は、私たちの研究に参加いただいたお子さんのGASでの目標設定の一部です。期間は、10回の感覚統合療法終了時点(5か月後)で現在の状況を -1で設定しています。


 

GASスコア 自転車(補助輪付き)に乗る
-2 誘われても乗らない
-1 自主的に乗ろうとしない、誘われれば乗るが、またがり、ペダルを後ろ向きに回して、すぐに降りてしまう
0 大人が押して、自転車に乗っておくことができる
(ハンドル・姿勢保持は自身で行い、前進するイメージや楽しみを知る)
1 誘われて自転車に乗り、こぐことができる
2 大人の監視のもと、自分から近所の公園(5分)まで乗っていける
表1 Goal Attainment Scaling(GAS)の例
 
感覚統合療法の目標設定で「身体図式の改善」「姿勢バランスの改善」と書かれていることがよくありますが、SMART goalの条件に適合するでしょうか?

5.感覚統合療法の経過

感覚統合療法を用いた症例研究の場合、行った治療が感覚統合療法であるかどうかを評価する必要があります。「第11回:感覚統合療法 – 感覚統合療法とは –」でASIFMの記事を書かせていただきました。ASIFMを使用するには、講習会を受講した資格者による評価が必要となります。日本ではまだ、この講習会が開催されていないため、ASIFMの資格者はほとんどいないと思われます。このため、私たちの研究でも、「すべての感覚統合療法は、感覚統合学会アドバンスコース講師の指導(治療場面での直接指導、治療終了後のフィードバック)のもと行った」という記載をした上で、治療の経過を(具体的な治療内容と子どもの様子)をあげています。

6.記録と振り返り

毎回の治療が終わった後には、必ず記録の記載が求められています。この記録には、治療の目的(ねらい)、治療者の関わり、子どもの反応、それに対する考察、次回の治療計画などが含まれています。感覚統合療法において自身の行っている治療を治療中に振り返ることは無理なことです。そのため、治療終了後に自身が行った治療を振り返り、次回の治療につなげることが必要です。

ビデオで記録することは、治療を振り返る上で有効な方法ですが、自分一人で振り返っても気づくことに限界があります。他の人に見てもらいアドバイスをもらうことは勇気がいることですが、新たな気づきが生まれる機会となることが多くあります。

7.最終評価・目標達成度の評価と治療効果の判定

最後のプロセスが、治療効果の判定となります。私たちの研究では、治療効果の主要項目をGASとしました。これは、検査のスコアが変化しても、生活での変化がなければ何の意味もないからです。このことについては「第10回:感覚統合療法 – 感覚統合療法の効果判定 –」を参考にしてください。

図2に、私たちが行った12名の自閉スペクトラム症児を対象とした、対照群のない前後比較研究の結果を示しました。GASは治療前後で有意なスコアの向上が認められました。また、JPAN感覚処理・行為機能検査においても総合スコアと姿勢・平衡機能、行為機能の2領域で有意なスコアの向上が認められました。私たちの研究では、生活での変化も、検査での変化も認められた結果となりました。



 

図2 治療前後のGAS修正スコア(左)とJPAN感覚処理・行為機能検査スコア(右)
GAS修正スコアは治療後にTスコア50以上で目標達成とされている
JPANは主成分得点が-1.0以下の場合、感覚統合の問題が示唆される

8.考察

治療効果があった場合(ない場合も)、なぜ、効果があったのか(なかったのか)について考察を行う必要があります。効果があった場合も、すべてではなく一部かもしれません。感覚統合療法ですべてが解決できるわけではありませんので、感覚統合療法の限界についても考える必要があります。また、この考察は自身の治療を振り返る機会ともなります。

最後に

2021年9月からはじまった本シリーズも今回をもって終了となります。
2年にわたり、記事を読んでいただいた読者のみなさまに感謝いたします。

最後は、臨床に携わる一人でも多くの方に、感覚統合療法の効果検証を実践していただきたく、「臨床でできる感覚統合療法の効果研究」というテーマで書かせていただきました。症例報告は、誰もができると書きましたが、臨床現場の先生方にはハードルが高いものであることも理解しています。感覚統合療法ということばが広まり、さまざまな立場の人が、さまざまな場で実践をしています。しかし、その実践が見えなかったり、見えたものが感覚統合療法とはいえない治療であることも多く経験します。
感覚統合療法を伝える立場の者として、効果ある治療として感覚統合療法が提供されているかどうか、不安があるのが現状です。学会に発表しなくとも(発表していただきたいのですが)、治療効果の検証は子どもを支援する者の義務として実践していただきたいと思います。

感覚統合Updateという、感覚統合に関する新しい情報を伝えさせていただくことを目的にスタートしましたが、振り返ってみれば、Ayresの書いた「子どもの発達と感覚統合」「学習障害と感覚統合」「Developmental dyspraxia and adult apraxia」の3つの著書を、もっとも多く活用していたと思います。これからも脳科学を中心とした感覚統合理論に関する新しい知見や、新しい評価法などがでてくると思いますが、Ayresが築いた感覚統合の核となる考え方は変わることはありません。

執筆者プロフィール

加藤 寿宏
関西医科大学 リハビリテーション学部
作業療法学科 教授
関西医科大学 リハビリテーション学部
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【専門】
 発達障害の作業療法
 感覚統合療法
 
【資格】
 専門作業療法士(特別支援教育)
 公認心理師
 日本感覚統合学会認定セラピスト
 特別支援教育士 SV

 
【学会】
 日本感覚統合学会副会長、講師
 日本発達系作業療法学会会長

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