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装具×理学療法士で歩行を再構築する(前編)

装具

装具×理学療法士で歩行を再構築する(前編)

脳卒中者の装具療法における実践知

千里リハビリテーション病院
理学療法士 増田知子

2025-12-01

はじめに

千里リハビリテーション病院の増田です。本日は【装具×理学療法士で歩行を再構築する~脳卒中者の装具療法における実践知~】というテーマでお話しします。理学療法士の臨床における判断や選択において非常に重要な、この「実践知」という概念について、事例を踏まえてお話しすることで、明日からの臨床に役立てていただければと思います。

1.装具療法の現状と背景

装具を活用した歩行トレーニングの流れ
装具を活用した歩行トレーニングの流れの説明図です

装具療法の流れは、長下肢装具を装着した介助歩行から始まり、カットダウンを経て、短下肢装具への移行、最終的には装具の離脱へと進みます。この流れは、装具や歩行補助具、歩行様式の観点から上図のように整理されます。


 
脳卒中治療ガイドラインにおける装具に関する記述
長下肢装具については、早期離床、歩行トレーニングの対象者や歩行量の増大効果に対する着目が端緒



脳卒中者に対する装具療法は、近年、治療ガイドラインにおいても重要視されています。2015年の脳卒中治療ガイドラインでは、長下肢装具の使用による早期離床や歩行トレーニングの対象者、歩行量の増大効果が強調されていました。以前はトレーニングの対象にならなかった立位や歩行が困難な患者が、装具を用いて下肢の支持性を補い、トレーニングすることが可能になりました。
 
それが脳卒中治療ガイドライン2021年では、長下肢装具の使用意義の記載が大きく変化しました。下肢のアライメント改善、麻痺側下肢筋活動を促進するという効果で、立脚期に倒立振子を形成し、歩行トレーニングを展開できることが長下肢装具の持つ主な使用意義だという定義に変わってきています。


 
長下肢装具の使用意義の変化
下肢alignment改善・麻痺側下肢筋活動促進。立脚期に倒立振子を形成し、歩行トレーニングを 展開するためのツールとして活用される機会が増大

 
装具の選択とその影響
脳卒中患者に装具を使用する際、まず長下肢装具と短下肢装具の選択が重要です。ある70歳代の右視床出血患者では、長下肢装具を装着した方がリズミカルに良いアライメントを維持しながら歩行できることが確認されました。この場合、多くの理学療法士は長下肢装具を使用した歩行トレーニングを選択するでしょう。

 
長下肢装具での歩行トレーニングの選択理由
長下肢装具での歩行トレーニングの選択理由の説明画像です

一方、別の80歳代の脳出血患者の例は、麻痺側の下肢では随意運動が観察できないケースです。長下肢装具を着けて介助歩行をすると、ある程度リズミカルに前進できます。しかし右端の動画では矢状面から見ると、円背のある方で、実はそれほど股関節は伸展していなさそうだと見て取れます。そこで「発症前の歩容はどうだったのか」「二動作前型でスタスタ歩けていただろうか」「この歩行パターンをゴールにしてよいのか」といった疑問が沸くのではないでしょうか。
 
このような場合にも、長下肢装具を1番の選択肢にしてよいのかを慎重に考える必要があります。どういう選択がこの方の運動療法においてはベストなのかを考えることが重要です。

 
「思考停止」や「パターン化」の危険性
みんなそうしてるから…の「思考停止」
  • 立位保持困難      → とりあえず長下肢装具で介助歩行
  • 膝折れしない      → とりあえず短下肢装具で歩行
  • 下肢運動の随意性が高い → できる限り装具を使わない
  • 長下肢装具の足継手   → とりあえずGait Solution
 
いつもこうしてるから…の「パターン化」
長下肢装具の介助歩行から始めて → 膝折れしなくなったらカットダウンを進めて → 退院1か月前にタマラック付のプラスチック短下肢装具を作製


装具療法においては、「思考停止」や「パターン化」が起こる危険性があります。例えば、立位保持ができない患者さんに対して、無条件に長下肢装具を選択することがあるかもしれません。長下肢装具の継手は皆と同じようにゲイトソリューションに決めるかもしれません。このような周囲の意見や過去のパターンのみに基づく判断は、患者さんの状態に応じた適切な選択を妨げる可能性があります。理学療法士は、適切な判断を下すために、思考停止やパターン化に陥らないように思考を持ち続ける必要があります。

 
実践知の構造
実践知の構造についての説明図です
臨床での迷い・経験・問い直しを通じて「実践知」は育つ
「何を知っているか」から「どう考え、どう動いたか」へ


「実践知」とは、患者さんに対していつ、なぜその運動療法を提供するのか、またなぜその装具を選択するのかを理解し、実行できる状態を指します。この実践知は、知識や技術だけでは育まれません。臨床での経験や失敗を通じて、患者さんに対する最適なアプローチを見出すことが重要です。実践知は、理学療法士が臨床で直面するさまざまな状況において、適切な判断を下すための基盤となります。
 
実践知を育むためには、日々の臨床活動を通じて、成功事例に限らず患者さんの反応や進捗を観察し、フィードバックを受けることが不可欠です。また、他の専門家との連携や情報共有も重要です。これにより、より良い治療を提供するための知識や技術を向上させることができます。

 
治療用装具の種類とその効果
病院で使う治療用装具には、装着すること自体が治療・予防になる変形の矯正用の装具や免荷用といった装具もあれば、装着し使用して初めて治療効果が生まれる長下肢装具と短下肢装具のようなものもあります。
 
脳卒中者の装具の目的と効果
脳卒中者の装具の目的と効果の説明図です
長下肢装具は、まだ治療効果のエビデンスが確立されてはいませんが、継続的な装着歩行で運動機能の改善を目指して使用されることが多いです。一方、生活の中でも多く使われる短下肢装具は、歩行速度の向上、ストラップ長やストライド長の延伸、バランスの改善などの即時効果が多数報告されています。
 
短下肢装具による即時効果は、立脚期や遊脚期の足関節運動の変化によってもたらされますが、股関節運動に関する変化はまだ明らかにされていません。この点が、長下肢装具と短下肢装具の使い分けを判断する上での重要な要素となり得るのではないかと推測しています。

 
6決定因子理論と倒立振子理論
6つの決定因。1骨盤回旋、2骨盤傾斜、3立脚期の膝屈曲、4・5足と膝の機構、6骨盤の側方偏位
「6決定因子理論」とは6つの決定因とされる①骨盤回旋②骨盤傾斜③立脚期の膝屈曲④⑤足と膝の機構⑥骨盤の側方偏位を調整することで、身体重心を上図のように一定に保つことが効率の良い歩行につながるという理論です。
 
対して「倒立振子理論」は、単脚立脚期にできるだけ身体重心を高く上げ、身体重心の上昇により産生された位置エネルギーを運動エネルギーに変換して効率よく歩行を続けるという理論です。現在はこちらの理論に基づき、倒立振子を形成することを大きな役割として長下肢装具を使うことが広く支持されています。

 
歩行中の膝関節制御の考え方
歩行中の膝関節制御の考え方の説明図です
膝関節を固定するために、長下肢装具を選択する場合もあるかと思いますが、基本的には膝関節は歩行中に体重を支持する役割を果たすわけではありません。
 
上図のスティックピクチャーを見ると、歩行周期中、床反力ベクトルが膝関節から遠く離れるタイミングはありません。膝関節そのものを貫くように通るか、ほんの少し離れたところを通る動きをします。つまり、膝関節を制御するために大きな関節モーメントは必要ありません。
 
にもかかわらず膝関節周囲の筋力でしっかり体重を支持させようというのは、生理的な歩行運動から乖離した運動を強いることになりかねません。本来的な歩行運動を獲得、再構築していきたい時は、この床反力ベクトルが膝関節から離れないようアライメントを再現して、それが定着するよう進めるべきです。
 
下の片麻痺者のスティックピクチャーを見ると、床反力ベクトルと関節の位置関係が上の健常歩行の方と逆転しているタイミングが見受けられます。その関節の前を通るか後ろを通るかで活動に必要な筋が異なるので、そのあたりを修正するための道具として装具が重要となります。
 
 
関節モーメントをみるポイント


「関節と床反力ベクトルの前後関係」と、距離によりどれだけモーメントが必要になるかが規定される「床反力ベクトルと回転中心(関節軸)との距離」が関節モーメントをみる際のポイントです。
 

日常的に3次元動作解析の結果が見られなくても、1度このようなイメージと知識を頭に入れておくと、目の前の患者さんの動作を観察する際に、必要な状況が整理しやすくなります。そして、方策の実行とその結果を見直し、評価していくというプロセスは非常に有用です。
 

2.症例を交えた解説① 長下肢装具の活用

長下肢装具の活用「実際の歩行トレーニング進行例」と「杖なし介助歩行」

実際の歩行トレーニング進行例

長下肢装具 杖なし介助歩行

50歳代の右被殻出血の症例で、長下肢装具を着けて歩行トレーニングを開始した際の様子です。できるだけ介助を加えず歩行したところ、股関節周囲の固定性低下が観察されました。また、股関節の屈伸運動を引き出すために、後方から介助した状態で杖を使わず歩行トレーニングしているところをゲイトジャッジシステムで計測したところ、比較的一定のリズムで歩行できていますが、筋活動は乏しい状態でした。


 

長下肢装具 Q-cane介助歩行 (約4w後)

その後、長下肢装具を装着し、クワドケインを使用して歩行トレーニングを行った結果、4週間後の計測では本来の筋活動が見られるようになり、歩行のリズムも少し改善されました。


 

semi KAFO Q-cane介助歩行 (約4w後)


さらにその4週間後、semiKAFOでクワドケインを使った歩行を計測しました。股関節がかなり屈曲位の状態で、本来であればもう少し中間位に近いところで支持できるのが望ましいかなという様子です。


 

短下肢装具 T-cane介助歩行 (約10w後)


その10週間後には短下肢装具にカットダウンし、T字杖で歩行できています。歩行のリズムやモーメントにばらつきはあるものの立脚後期で、股関節が伸展位で支持できるようになっています。

 

歩行トレーニング進行のまとめ



以上のようにカットダウンを進めますが、歩行介助が一番多く、歩行リズムやアライメントが最も整うのは長下肢装具を着けた状態です。しかし、そこを基準にすると、カットダウンを進められなくなるかもしれません。
 
カットダウンが一発で成功する客観的な指標は、現在、確立されていません。他の運動機能の評価や予後の予測、そして理学療法士の経験に照らし合わせてカットダウンするタイミングを判断します。判断とその結果をきちんとモニタリングして経験を蓄積していくことが不可欠です。

 

長下肢装具使用のターゲットは「股関節」

長下肢装具がターゲットとするのは、直接制御していない股関節です。長下肢装具は足部と股関節の位置関係を整えることで、歩行各相での正しいアライメントを整え、股関節が本来的な関節制御を獲得するよう運動学習を促します。


 

足継手の適応の理解

PSでは立脚期での足関節最大背屈角度大、PSとRigidでは荷重応答期の膝関節屈曲角度増加

 

足継手を選択するためには、それぞれの足継手が持つ機能や効果を正しく理解することが不可欠です。装具の実証結果を論文で参照するのも手ですが、実現したい動きや達成したい目標を元に、専門家である義肢装具士さんに相談して協議する機会を持つと、目的達成に近づきやすくなるでしょう。

次回は後編、KAFO後方介助歩行についてご紹介します。

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