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脳卒中患者の姿勢制御障害と歩行

装具

脳卒中患者の姿勢制御障害と歩行

脳卒中患者の姿勢制御障害と歩行

千里リハビリテーション病院 吉尾 雅春 先生

2021-01-05

脳卒中患者に長下肢装具や短下肢装具を用いることが多くなったが、その選択と使用において背景を十分知らないまま漠然と、且つ漫然と行われているということを耳にする。その装具療法において押さえておいてほしいことを解説する。

1.股関節の構造に目を向ける

ヒトは直立二足動物である。ヒトは重力との関わりのなかで特有の姿勢調節能力を獲得してきた。直立二足動物であることを決定づけるものが,全荷重を担う足底の機能と股関節の動的支持機構である。その股関節を構成する半球状の大腿骨頭と臼蓋の表面には濡れた氷よりも低い摩擦係数を持つ関節軟骨で被われている。つまり股関節はツルツルの状態で骨盤と体幹を支えている。そこには精巧な動的支持機構がなければ,歩行をはじめとする動作時の姿勢保持は困難を極めることになる。




股関節における後方への安定性に寄与している大腰筋は赤筋線維が約50% を占める抗重力筋である。ヒトの歩行立脚中期では臼蓋からはみ出した大腿骨頭と大腰筋との相互作用で体幹が後方に倒れないようにautomaticに制御されている。特に立脚後期にかけては股関節の伸展の増加に伴って大腿骨頭と大腰筋腱との間で生じる強い圧は片脚支持期の体幹の抗重力姿勢を作っている。そのエネルギーは踵離地から荷重が急激に低下する後脚の振出しにも活かされる。さらに大腰筋は大腿骨頭を後方に押すだけではなく、臼蓋に対して骨頭を引き付けることによって、股関節を屈曲方向に作用させる。ここでも股関節と膝関節に存在する関節軟骨の摩擦係数の低さが意味を持つと考えられる。これらの関係性がうまく働かない脳卒中患者にいたずらに随意的努力を求めることは、以下に述べる神経機構の課題を持つ脳卒中患者には内反足や分回し歩行などの問題を引き起こすことになる。

2.小脳および基底核ネットワーク、橋網様体脊髄路、脊髄小脳路に目を向ける

大脳小脳神経回路運動ループの障害を合わせもつ脳卒中患者ではその制御が難しくなる。多くの脳卒中患者では運動麻痺を起こす皮質脊髄路だけではなく,フィードフォワード作用としての大脳小脳神経回路の損傷も伴うことは解剖学的に明白である。準備電位の不足から立脚初期から中期にかけた股関節支持は崩れて立脚中期から後期の股関節伸展が難しくなる。つまり,歩行における姿勢制御に関わる大腰筋の活動場面が奪われることになる。この大脳小脳神経回路の障害では支持期だけでなく遊脚相の準備もうまくいかないことが多い。つまり、麻痺側骨盤を空間に保持し、大腿骨頭を臼蓋に引き付けることが不十分になる。結果的に振り出す際にすり足になったり、過度に麻痺側足を持ち上げることによって内反足を惹起してしまう。さらにそのまま立脚相に入ると立脚期も不安定になり、負の循環を繰り返すことになる。



後述する皮質橋網様体路や基底核系筋骨格運動ループの障害も重なることが多いので、麻痺側の立脚相においても遊脚相においても慎重な対応が求められる。

図4.

図5.

感覚情報は運動の開始や調節に重要であり,脊髄に投射する体性感覚情報は脊髄反射を誘発する。また,股関節への荷重と筋紡錘の伸張刺激は脊髄小脳神経回路を介して末梢の筋活動の賦活とともに,橋網様体脊髄路への賦活によって股関節・体幹を中心とした姿勢制御に貢献している。特に同側のTh1~L2の非陳述性感覚情報を伝える後脊髄小脳路の働きはその制御に重要である。その髄節の中心的存在は大腰筋であり,股関節の伸展を伴う荷重,すなわち立脚中期から後期の積極的な運動が直立二足動物としてのヒトの姿勢制御に意味を持つと考えられる。

図6.

図7.

3.視床、頭頂葉楔前部、島皮質と前頭連合野の連関に目を向ける

以上の姿勢制御機構も楔前部と呼ばれる頭頂連合野において体幹と下肢との、さらには前庭系および視覚情報が加わり空間と身体との相対的な関係性の認知処理がうまくなされることが前提になる。言い換えれば、それらの損傷によって姿勢定位障害を生じ、前述の姿勢制御機構を働かせるような状況ではなくなる。頭頂葉楔前部の直接的障害だけではなく、視床背外側(LD)核および後外側(LP)核とそれらからの視床皮質路、視床中間腹側(V i.m.)核および島皮質上後部とを結ぶ線維の損傷などによってこれらの姿勢制御障害が生じる。それに加えて、被殻出血などによって筋骨格運動ループの破綻が起こって筋緊張の抑制機構が損なわれたり、皮質橋網様体路の損傷によって非麻痺側の姿勢制御が障害されると、一段と厳しい姿勢制御障害が起こる可能性がある。それらの制御が混乱したまま歩行練習と称して患者を振り回すことは何かを学習しようとしている脳卒中患者の前頭連合野にとっては迷惑な行為になる。ましてや、大脳小脳神経回路の認知ループの障害や基底核系の前頭前野ループや辺縁系ループの障害をもつ患者にとっては、動機づけや遂行機能を損なわないように熟慮された取り組みが求められる。


執筆者プロフィール



吉尾 雅春
千里リハビリテーション病院 副院長

理学療法士、医学博士、専門理学療法士、認定理学療法士、死体解剖資格認定、日本理学療法士協会日本神経理学療法学会代表運営幹事
 

  • 1974年九州リハビリテーション大学校理学療法学科卒業
  • 1994年札幌医科大学保健医療学部講師
  • 2003年札幌医科大学保健医療学部教授


著書
脳卒中理学療法の理論と技術 改訂第2版(メジカルビュー)
神経理学療法学第2版(医学書院)
運動療法学総論第4版(医学書院)
運動療法学各論第4版(医学書院)
症例で学ぶ脳卒中のリハ戦略(医学書院)
股関節のみかたとアプローチ(DVD、ジャパンライム)など多数

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